meruulla

キャバリア大好き!わんこ大好き!お姉ちゃんはめるぅのお洋服を作ってます。

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meruulla春のタンクトップまつり♪

meruulla春のタンクトップまつり開催~♪




陽射しも、吹く風も、空気の色も、香りも

春ですね~

というわけで、やっとmeruullaも春支度となりました。

お外で駆けまわるにも丁度良い

普段着タンクトップをお作りいたします。




CYMERA_20150321_213938.jpg



IMG_20150318_195332.jpg

今回は、リブを選んでいただけるものもあります。

ショップでの表示がわかりにくいかもしれません・・・

ショップのコンタクト、ブログのコメント、ツイッター、メールなどで

お問い合わせいただけましたら助かります。

すみません。




こちらは、もう少しで2歳の うにくん です!
一足お先にタンクトップ着ていただきました♪
黄色のリブが可愛いですね^^

IMG_20150324_202148.jpg



そして、るぅくん
パープルのビンテージカーのタンクトップです
丈も少し短めにして走る準備OKですよ~!
1426997620650.jpg




るぅくん、あれもこれも可愛いね~
赤いのもカッコいいよね^^

1426996286043.jpg


meruullaのお店も覗いてみてくださいね~♪

こちらからどうぞ~♪
meruulla

meruullaロゴ
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[ 2015/03/25 19:59 ] meruulla | TB(0) | CM(0)

もう4年・・・いや!まだ4年

東日本大震災のお話です
避けたい方はスルーしてね




私の記憶からだんだん薄れているような気がして・・・

4年前、当時の恐怖から私は抜けられるのだろうか
日々が過ぎていくほどに数日前までの普通がどれだけ幸せなことだったのか
そしてその普通に戻れるのだろうか・・・
どんな時にでも蘇る恐怖と不安。

かたちは普通に見える今、
忘れてはいけないあの日を私自身の記憶に向き合わねば!

2011年3月11日
旦那と東京で暮らしてた下の娘が春休みで仙台に戻ってきてるうちに
娘二人とめるとレラとお留守番お願いして、私はこの日の仕事終わって夕方から
東京に数日遊びに行くはずだった。
仕事から帰って洗濯物取り込んで、
『じゃあもう少ししたら駅まで送ってね』
と、話してる瞬間に揺れだした。
いつもなら収まる揺れが何度も重なって大きく揺れて弾んで・・・
タンスがパタンパタン倒れる。
サッシがガタガタ開いたり閉じたり。
テーブルの上のものが滑り落ちる。
食器の割れる音。
壁のきしむ音。
ダッダッダッダッダ!
ドッドッドッドッド!
お向かいのマンションの貯水槽が爆発して壁が落ちる。
私はその場でかがむことしかできなかった。
娘はしっかりめるを抱きしめていた。

揺れがやっと収まり、玄関開けようと思ったら開かない!
たまたまお隣のご主人が通り外からひっぱて開けてくれた。
『早く外に出た方がいいよ』
その言葉に急に焦りと緊張とでわたわたパニック

私が持ったもの。
長座布団、留守の間に使うようにとテーブルに置いていたイオンカード。
娘たちが持ったもの。
める、レラ、めるレラのご飯、薬、リード。。。
出かける準備して和室に置いてた私のバッグはタンスの下敷きで何一つ持てず。携帯も。

隣のコンビニの駐車場で座り込んでたら、ドア開けてくれたご主人に
『車はあった方がいいから駐車場から出してきた方がいいよ』
と、言われ、車のキーが無いことに気付く。
もう中には入れない恐怖。女3人誰が取りに行くか。
大体の場所が分かる私か上の娘、思わず出た言葉
『あなたはまだまだ先が長いからお母さんがいくよ』
『おかあさんは居なきゃダメ』
上の娘はまだ何度も揺れている我が家マンション4階へ向かっていた。

今思えば・・・なんですけどね。
こうしてまた暮らしてるんですから。
でもね、あのときはね、ここ倒れると本気で思ってたから。

その夜、周りの大渋滞も引いて真っ暗になったころ
実家の姉と連絡がついて、実家へと、大きな段差がいっぱいの国道を
信号機も消え真っ暗な怖い道、ドキドキしながら向かった。
実家に着いたら、壊れてるところなんて一つも無くてまるで別世界
電気の入らない炬燵に9人で放射状に足だけ入れて人のぬくもりで暖かった~
それから、5か月も実家に居候しちゃた!


玄関ドアがこんなに歪むなんて・・・
このドア、平らだったんですよ

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そして、壁のコンクリートは落ちて外が見える・・・

img_0YC348N0I.jpg


この事実を知ったのは数日後。閉まらないドアが心配で貴重品を取りに来たとき。
チェーンと南京錠で施錠するしかなかった・・・




あの日、夜にめるのトイレで外に出た時
星がいっぱい綺麗に輝いていた
停電の闇夜だから・・・

大津波のことをちゃんと知ったのも
テレビが見られるようになってから

そして思った
この輝く星たちは
無念の思いで突然にお空へと逝ってしまった
まだまだ輝けるはずだった光なのだと




いまでも綺麗な星空を見ると思い出す

こうして、ずっと忘れてはいけないと思う。


私の被災なんて大したことではなかった
またこうして元の場所で家族そろって暮らしてるのだから。



長々と読んでくださってありがとうございます。
私の記憶からも薄れて行きそうで・・・
今思ったこと書き留めておこうと思いました。

[ 2015/03/08 12:47 ] おしゃべり | TB(0) | CM(3)

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